この世はしょせん夢芝居

考えたこと、趣味の読書のことをメインに書いています。いわゆるチラ裏です。

騎士団長殺し

 

発売日に買っちゃいました。へへへ。

 

騎士団長殺し :第1部 顕れるイデア編

 

土日で読もうっと。

 

 

 

夢は見たりて? (銀河英雄伝説)

「夢は見たりて?

 子供には夢を見る

 時間がとても多く必要なの」

 

「全然足りないよ」

 

 

 

突然ですが、今日購入して読んだ銀河英雄伝説(原作:田中芳樹 漫画:藤崎竜)の1巻から抜粋。

 

零落貴族の美しい姉アンネローゼが、まだ幼い弟ラインハルトを起こすシーン。フジリューこと藤崎竜さんが描くお姉さんが本当にキレイ。藤崎さんはサイコプラスのころから好きな漫画家さんで思い入れもあるのですが今は割愛。

 

ちなみに、「夢は見たりて?」は堅い表現なので、文脈がないとわからないかも知れないので補足します。これは漢字化すると「夢は見足りて?」。つまり「(よく眠って)充分に夢を見ましたか?」ということですね。

 

話を戻すと、このあと美しい姉アンネローゼはすぐに皇帝より召されて、姉弟は離ればなれになります。弟ラインハルトは皇帝からの姉の奪還を誓いますが、力が足りないことをよく自覚しているため、まず貴族幼年学校に入学し、雌伏の時を過ごします。それは10歳の少年が大人になるための「夢」のような期間だったのかも知れません。「夢は見たりて? ーー全然足りないよ」というやり取りは、貴族幼年学校時代が訪れることのメタファー、隠喩なのかも知れません。 

 

続きを読む

google先生の生徒は Siri化する

仕事をしていると、会社の隣の席のひとがですね、いろいろ聞いてくるんですよ。たいしたことないことなんですけどね。どの表記が正しいのか、この書き方で合っているのかとか、そんな質問です。

 

たわいもないことなので雑談の一種なのですけれど、自分はその場でささっとPCで質問内容を検索してしまうわけです。まあgoogle先生に聞けば、たいていのことは答えられます。「この記号は正しい?」「合っているみたいだね」「これの発音ってなんだっけ?」「◯◯だね」

 

疑問をすぐに調べることができてとても便利なのですけれど、ふと気が付きました。これって自分がSiriの役割をしているのと同じなんですよね。自分は音声入力の音声返答マシン。

 

ロボットが人間に置き換わるのなんて実は簡単。自分の代わりにSiriが置いてあっても、ひょっとしたら隣の同僚は気が付かないかも知れません。21世紀はそんな時代です。まる。

 

 

 

 

 

のらりくらりと身をかわして成長したい

どこかの国の大統領が国境に壁を作るなんていうツイートを飛ばしたり、どこかの国の委員長が兄弟の殺害指令を出して暗殺したなどというニュースを聞いていると、本当に多様な価値観の世界に生きているんだなあと実感します。グローバル社会といえども、なんとなく基本的な価値観は皆一緒なんだと思っていましたけれど、実はそれは勝手な思い込みに過ぎなかったんですね。

 

しかし例にあげた国家主席たちは別格としても、基本的な価値観が違う人や、相手のことを認めずに頭を押さえつけてこようとするような、通常のコミュニケーションを取るのが難しそうな人は現実世界に結構いて、しかもそういう人とうまくやっていかなければいけないシチュエーションというのは、わりとよく出くわすのではないでしょうか。

 

そんな相手と正面からぶつかれば喧嘩になるし、しかし避ければ自分の仕事が進まないしで困ってしまいますよね。自分はそんなときは6割方を相手に譲って、4割ぐらい自分の主張を通すような格好を目指すようにしています。

 

でも自分の意見を曲げて相手に譲ることが本当に正しいのかと思い悩みます。経験上、今のやり方が一番成果が出るのですが、それは自分が未熟だからそうするしかないんじゃないかと疑心暗鬼になるのです。

 

ところで、植物の竹はひょろ長いのに、なかなか折れません。強い風に吹かれても折れることはありません。なぜか。風に逆らわないからですね。逆らわずにしなり、風のちからを上手に受け流す。ところで、竹は非常に成長が早い植物として知られています。地上に出ている部分もそうですが、地中にも地下茎と呼ばれる根のようなものを張り巡らせて、さらにそこから自分の分身のように竹を増やし、あっさりと竹林にまで成長してしまいます。風を避けてのらりくらりとしていると見せて、実は見えないところでしっかりと成長し、一大勢力を作り上げてしまう。

 

自分も一度や二度の大風でめげることなく、竹のようにしなってやり過ごし、それとは別に着々と成長を続ける。そんなふうにありたいと思いました。まる。

 

 

静岡県でげんこつハンバーグのさわやかに行って来ました

「やっぱり『さわやか』かなー」
「ああ、『さわやか』ありますよ、この辺」

 

静岡は浜松市に行ったときに、「このあたりに美味しいお店はありますか」と地元のひとに聞いたときの返答です。

 

げんこつハンバーグの炭焼きレストランさわやか

 

それほど美味しいなら行ってみようかということで、『さわやか』行ってみました。静岡一円にある炭火焼き・牛肉100%のハンバーグのお店。後日「ケンミンSHOW」で静岡県民のソウルフードとして紹介されていました。

 

 

お店では名物のげんこつハンバーグを注文。しばし待つと、じゅうじゅうと油が飛ぶ熱っつい鉄板の上に乗ったハンバーグが運ばれてきました。”げんこつ”の名の通り、幅と大きさは普通のハンバーグみたいですけれども分厚い。重厚。背が高い。厚みがある。指三本くらいはある厚さです。全体としては、焼き網み目がついたごろりとした肉が、げんこつが、鉄板の上でじゅうじゅういっています。

 

焼き加減はレア。肉だねは超衛生的なセントラルキッチンで作っているので生で食しても問題ないみたいですが、気になるひとは、げんこつ肉を素早く切り分け、鉄板の上で押し付けて火を通していただきます。自分は元々ウェルダン派なのでべしべし鉄板でハンバーグの切り身に焼き色をつけます。

 

火の通りがちょうどいいところで、切り身をフォークに突き刺し、口へ運びます。もぎゅっという食感。圧倒的な肉感。「あー、肉食ってるなー!」

 

しっかりした赤身の歯ごたえと、弾力のある舌触り。噛むほどに出てくる旨味。肉、牛 肉、牛 にく、ぎゅう! 脳内が「にく」と「ぎゅう」で埋め尽くされます。

 

夢中でカトラリーを動かしているうちに、250グラムの牛肉は跡形もなく無くなっています。空になってしまった鉄皿はちょっと残念だけど、胃から満たされてくる満足感がジワジワきます。明日はちょっと頑張っちゃおうかなーなんて思わせてくれる食後感。納得。

 

旅行や出張 で静岡を訪れる機会があればチェーン店だと避けずにさわやかを訪れることをお勧めします。まる。

 

 

 

 

ミスドの担々麺はけっこうおいしい。

 

ミスドの担々麺ってけっこうおいしいんですねぇ。

 

ミスドっていうのはもちろんあのチェーン店のドーナッツ屋さんですけど、ドーナッツ以外に飲茶・点心系の食事と麺類も提供しているんですよ。

 

たふたふは甘いものも好きだし、楽天ポイントを消費しなきゃいけないしでミスドによく立ち寄ります。そこで目にするカラフルなおわんに入った麺類の広告に惹かれるわけです。「いつか食べてみたいなー」と思っていたことを実行してきました。それで選んだのが担々麺。甘いものも好きですけど、辛いものも好きなんですよ。

 

小さめのおわんに入った担々麺は、3分くらい? 準備に時間がかかるので、店員さんが席に持ってきてくれます。赤い汁に黄色っぽい麺、そして上にとんっ・・・と載せられたひき肉が美味しそうです。

 

よくかきまぜていただきます。スープを飲むと、おそらく花椒でしょうか、中華っぽい匂いがふわっと広がります。ごまの香りが立っていて、ドーナッツ屋さんのものとは思えません。ひき肉もそこそこの存在感。でも麺は湯切りが足りないのかもちゃっとした舌触りがありますけど、一生懸命に麺を撹拌します。ちょっとカロリーを消費できます。中細麺のちぢれ麺は、スープがよく絡む設計なのでしょうね。麺をすすります。すすります。スープのみます。花椒っぽい香り。完食。

 

さすがに専門店には及びませんが、しかしお値段(500円程度)から見ればよく頑張ってる! ミスドの担々麺をこれからも応援してきたいと思いました。まる。

 

 

暗い思考をしていると、人格を暗くする訓練になってしまうのですよ

 

タイトルは、まえにギリシャ旅行をしたときの手記にぽろっと書いてあったこと。昔自分が書いたことながらほんとにそうだなぁと感心した。

f:id:taftaftaf:20170205194613j:plain

 

暗いことを考えると、暗い思考の訓練になる 

 

「思考は現実化する」なんて言われていますけど、結局のところ人間ってやつは自分の頭の中にあること以上のことはできないものだと思います。スポーツでも、例えば鉄棒で大車輪をやろうとして、イメージトレーニングで自分が成功するところを脳内に描けなければ、実際にできることはないでしょう。

 

脳で考えることと、体で表現できることは、複雑な証明を経なくても結構単純なパスでつながっているのだと思います。

 

(自分でやったことが自分の予想よりもに世間から評価されてうまくいくことがありますが、これは自分のやったことの「評価」が世間と違っているというだけで、自分がやったこと自体は、脳内にあったはずだから、今回の話とは別の話です。)

 

それで、話を本題に戻すと、脳というのは、同じことを思うたびに、脳内細胞をつなぐニューロンという触手みたいなものが強化される仕組みになっています。同じ仕事をやっていると効率があがったり、記憶が強化されるのはこの効果です。訓練や繰り返し学習をすることで、特定のニューロンが強化されて太くなっていくわけですね。

 

だから、暗い思考や後ろ向きな思考を繰り返していると、暗い思考のニューロンが強化されて、暗い思考アルゴリズムや記憶がぐんぐん強化されていくのです。自分を否定すればするほど、自分に自信が無くなっていくのと同じです。その負のフィードバックの結果を「人格」というトータルを示すパラメータに反映してみれば……どういう結果になるかは、わかりますよね? そう、「暗い思考の人間=暗いやつ」の出来上がりです。

 

また、世の中には「見取り稽古」というものがあって、例えば剣道の達人の動きを弟子がじっと見ている。達人が直接弟子を教えなくても、弟子が脳内で達人の動きをトレースすることを何年も続けることで、弟子は達人の動きに近づくことができます。他にも文章力をつけるための訓練として、新聞の文章をひたすら書き写すという訓練方法もあります。どちらも脳の働きに方向性を持たせるための訓練です。

 

だから、暗い思考を続けることは、「性格を暗くするための訓練」ということになります。

 

「ここでこうなるから、だめだろう」と念入りにシミュレートして、実際にやってみて、「ほら、やっぱりそうだ……」とまた落ち込む。でも、当たり前ですね。自分で悪い結果を頭のなかで想定して繰り返して、それで実践に望むのですから。

 

 

これに気がついたときは衝撃でした。わたしの場合、まあ他の方の場合でも同じだと思うのですけれど、別に暗いことを考えたくて考えているんじゃなくて、どうにかして暗い思考から抜け出したくて、暗い案件を考えているだけですからね。それが効果を産まないどころか、逆効果になっていたわけですから。

 

 

じゃあ、どうしたらいい? 

 

わたしの経験なんですけれど、暗い思考をするときって、もう具体的な案件は終わってしまっていて、しかしそれでもぐるぐるぐるぐる鍋をかき回すように暗いことが頭を巡るんですよね。たとえば恋人と別れてしまったあと。いろいろ考えますよね。あのときもっときちんと話をしておけばよかった、このとき無理をしてでも会いにいけば良かった……。でも、「だからもし次があったらこうしよう」と、次回の対策を考えてしまえば、もうできることはないから思考終了なんですよね。でも過去のシーンがフラッシュバックして、同じことを繰り返し考えて、どんどん暗くなってしまう……。よくある悪循環です。

 

この悪循環を断ち切るには、どうしたら良いか?

 

対策は、3つに場合わけができます。対策3つすべてをやる必要はありません。対策3つのうちどれかが当たれば、悪循環は断ち切れます。(ちなみに、わたしは案件によって使い分けしてます。)

 

① 別のことで暗い思考を上書きする。

② 考えること自体を止める。

③ 悪い思い出にポジティブな評価を与えてマインドセットを変える。

 

 

対策の「①別のことで思考を上書きする」は対処療法です。暗い思考になりそうなとき、たとえば、別の楽しい思い出を思い出すとか、今日楽しみにしているテレビのことを考えるとか、やらなければいけないことを思い出すとか、そういうことでとにかく思考を上書きします。思い切って心のなかで素数を数えたりしても良いかも知れません。

 

「②考えることを止める」は①に似ています。暗い思考になりそうになったら、とにかく寝る、とか、仕事や遊びなど別のことに打ち込んでみる、などして、暗い思考が入り込む隙間を無くしてしまうという方法です。

 

対策①②は、プロスポーツ選手でも取り入れている方がいらっしゃるそうです。

 

そのプロのスポーツ選手は、自分でコントロールできる事柄とできない事柄を厳密に分け、コントロールできないことにはもう何もしない、考えないのだと言います。その代わり、自分でコントロールできることについては全力を傾ける。そしてベストコンディションで試合や大会に臨むのだとか。

 

人間、誰しもできることには限りがあります。プロスポーツの場合だと、練習をやってもやっても終わりが無い世界です。でもベストパフォーマンスを残すために、できることに集中するのだそうです。前出の失恋の例で行けば、今の失恋は完全に忘れ、新しい恋の獲得に全力を費やすということでしょうか。

 

 

そして「③悪い思い出にポジティブな評価を与えてマインドセットを変える」この対策は、体感的にですが、中長期的に効果があります。

 

たとえば、また失恋を例に取ると、失恋をつらい思い出と捉えるのではなくて、「失恋したから友達の想いがよくわかるようになった」とか、「この失恋を体験したからこそ心が強くなった」とか、「前に失恋したからこそ今の恋人に巡り会えた」とか、悪い思い出のあえて良い面を探し出してポジティブな評価を与え、悪い思い出を中和するやり方です。

 

物事には必ず良い面と悪い面がありますから、訓練して物事を常に多面的に捉えられるようになることで、人生全体の豊かさの底上げも期待できますね。

 

 

でもさ、別にいいんじゃない?

 

これでもうまくいかない場合もあるでしょう。そういう場合は、開き直ってしまいましょう。ここまで読んでいただいてきて、身も蓋もないですが、地球上に60億人もいるんですから、暗い人格の人だって一定割合います。これは仕方がない。人類が発生したときから明るい人と暗い人がいたはずだし、暗い人のほうが知的で格好よかった時代だってあります。自分らしく生きていれば、それでいい。自分の一人や二人(自分は常に一人ですが)、暗いと言われていたって、地球も日本も関係なく回っていきますから。

 

 いろいろ書いてきましたが、自分らしく気持ち良く生きることが一番大事です。その点を外さないようにしながら、ちょっとずつ改善ができればいいと思います。暗い映画が好きだって別にいいじゃないですか。

 

 

 

 

 

 

 

本日も当ブログにお越しいただきありがとうございました。

嫌なことはみんな忘れてしまう、おじいちゃんおばあちゃん最強。