この世は所詮 夢芝居

日々学んだこと・考えたことを、エッセイとしてまとめています。目指しているのは「ゆるふわなチラ裏」。考え&書き続けたい。

給食の食べ残しは、学校にはチャンス

「神奈川の中学生が給食を大量に食べ残す」というニュース報道がありました。

 

残す理由は「給食がおいしくない、頻繁に髪の毛などの異物混入があり気持ち悪い」。異物混入はよろしく無いので改善、規制すべきという報道趣旨。

 

テレビ映像で見る限り、たしかに食欲をそそるような給食だとは思いませんでした。できれば食べたくないという中学生の気持ちもわかります。

 

こういう問題は、サービスの受け手(中学生)と給食の調達先を決める人(学校)が重なっていないことから発生します。

 

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給食に限らず、資材を調達するというのは一見簡単なようで意外に難しい。基本的なスペック・条件は押さえながら、なるべく高品質なものを、できるだけ安い価格で買いつづけなければならないわけですから。調達先にちょっと手を抜かれたら破綻します。

 

サービスの受け手と、給食の調達先を決める人が重なっていれば、給食の質が下がったときに給食をつくるところに文句をつけて直させることができますが、これが重なっていないと、文句をつける人がいない or 文句をつけるのが億劫になってしまって、給食の質が年を追うごとにだだ下がり……という事態になります。

 

こういうとき、普通の企業だったら調達先を変えます。こうして、普通の市場経済が働いていれば、質の低い給食業者は淘汰されていくのですが、今回の騒動のあとも、学校側は給食発注業者を変える気は無いようです。

 

人間、食べるものから体が作られます。成長期の中学生なら、親はできるだけ良質の食事を取らせたいと思うはず。となれば、給食の質に気を配る学校は、それだけで入学者希望者が増え、人気の学校になれそうなものです。学校の給食調達担当者は、給食の質を常に実食して質の維持に気を配り、改善が見込めないようなら容赦なく調達先を変えるべきです。少々厳しいようですが、それが健全な競争とサービス向上を促し、長い目で見た給食業界の維持につながります。

 

学校側も今回の騒動にきちんと対応できれば、入学希望者を伸ばせるいいチャンスだと思うので、いろいろ検討してみると良いのではないでしょうか。

 

 

 

 

 

 

本日も当ブログにお越しいただきありがとうございます。

少子化の時代、学校にも前向きな生き残り戦略が必要ですよね。

 

 

【逆襲される文明 日本人へⅣ】

 

塩野七生さんのエッセイの新刊出てたので本屋で即買いして来ました。

 

 

 

すごく久しぶり。

 

調べてみたら、前巻は2010年発刊なので7年ぶり!

 

12月にはギリシア人物語の新刊も出るし、ちょっとテンションあがりますね。

 

 

 

 

 

Jコインは空振りするのでは

日本の大手・地銀が連合して共通の仮想通貨を発行しようという動きがあると報道されました。その名も「Jコイン」。

 

これは来るのではないか、リップル(アルトコインの一種)終わるかとも思いましたが、なんというか、Jコインはどうしようもない代物になりそうですね。

 

ポイントは「Jコインは、価値が変動せず、日本円と完全に連動する」ということ。要はただのApplePayやSUICAと同じ、電子マネーの一種です。市場につながっておらず、価値変動もしないということは、通貨としての独立性や海外での流動性もないので、何を目的として導入しようとしているのか、ちょっと理解に苦しみます。これが新聞の一面にばーんと載ってしまうというのも、なんだかなあって。思っちゃいますね、申し訳ないですけど。

 

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新しいものがオールドメディアに取り上げられるころには、なんというか新しいものが出てきたときの煌めきというか、未来感みたいなものが終わってしまうような感じがして寂しく感じます。

 

ビットコインを旗頭とする仮想通貨には、これから実需も出てきてまだまだ未来があると考える派なのですが、こうやってオールドメディアで連日取り上げられるようになってきたということは、一通り情報が行き渡り、ひとつの波が終わりつつあるという証拠なのかも知れませんね。

 

大概、物事というものは、あがる前には勢いをつけるために一度さがるもの。ジャンプする前には膝を沈めるもの。長いスパンで見れば必要なことなんでしょうけどね。

 

 

 

 

本日も当ブログにお越しいただきありがとうございました。

思ったことをさくさく書いてみました。

 

 

好きなように書けばいいじゃない宣言

「ブログに何を書いたらいいんだろう」ってよく考えていました。

 

何を書いたら面白いんだろうか、とか。

 

こんなことを書いたら批判されるんじゃないだろうか、とか。

 

あれを書いたらアクセス数が減るんじゃないか、とか。

 

書きもしないで頭をひねって、なにを書いてもダメな気がして、結局何も書かないような日が多くなりました。

 

 

そんな日が続いたある日、急に悩むのが面倒くさくなりまして。

 

「趣味で書いているはずなのに、なんでこんなに悩まなければダメなんだ。バカバカしい」

 

結局、好きなことを好きなように書けばいいんじゃないかという考えに至りました。

 

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普段、面倒くさいことを後ろ向きに考える癖がついている人間です。考えていることをそのまま書いても、読んだ人を不快にさせるだけなんじゃないかってずっと思っていたんです。でも、自分の根源の感情をさらすこと無しに、人の感情を動かすような文章が書けるわけがない。一見楽しそうな、明るそうな、けれどあたりさわりの無い文章なんて、まさにハードディスクのゴミですよね。つまらなくても真情が込められた記事なら、きっと誰かの心に触れることができる。少なくとも、未来の自分が読んで役に立つ。いや役には立たないかも知れないけれど、ちょっと感動する。きっと。そんな気がします。

 

 

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森博嗣さんという元名大教授の作家さんがいらっしゃいます。わたしは森さんの小説が好きなのですが、より好きで面白いと思うのはエッセイです。そしてさらに好きなものがあり、それが日記です。森さんは、もう20年位前のことですけれど、毎日元旦も休まず日記を書いてウェブにアップされていました。その日記の量が半端なくすごいのです。ウェブはもう消されていて読むことはできませんが、まだ書籍として出版されていて今も読むことができます。本文も注釈もボリューミーで、二郎ラーメン特盛りを連想させる量なのです。

 

「量は正義」という格言を今おもいつきました。そうです。量は正義なのです(たぶん)。少なくとも、質が同じなら量が多い方が正しいのです。そういうわけで、過剰なくらい文章をぶちこみたいと思ってみたりしたわけです。今後は量と更新頻度を重視するブログを書いていったりするかも知れません。でもすぐに飽きたらすいません。実験ですね。毎日が答え合わせです。

 

 

 

 

 

 

 

本日も当ブログにお越しいただきありがとうございました。

口直し用に貼り付けてある写真で、心をなだめていただければ幸いです。

 

 

 

 

しばき隊のツイッター社へのデモによる表現の自由についての思考

 私はあなたの意見には反対だ。だがあなたがそれを主張する権利は命をかけて守る。

                   ーーヴォルテール

 

東京八重洲で、しばき隊を名乗る団体がツイッター社日本法人に向けてデモを行ったそうですね。ヘイトスピートと言われるツイートを印刷し、それを踏ませるというものです。

 

まず、公権力と関わりのない私企業に対してデモは成立しないはずなので、単純な威嚇行為ということになるのでしょうか。

 

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表現の自由は、民主主義という政治システムの中で自浄作用としての役割を期待されています。もちろんヘイトスピーチそれ自体は非難されるべきことなのですが、自浄作用が任せられている表現の自由の規制は、とても繊細に、慎重に行わなければなりません。

 

表現の自由を制限するときに、一番気をつけなければいけないことは、「思考停止」を誘発することだと考えます。

 

「ヘイトだから」「サヨクだから」「ファシズムだから」「ヒトラーと発言したから」とレッテル貼りすれば、それに関わる発言ができなくなる。言葉の真の意味や背景を考えることができなくなる。それが一番怖いことです。「それが全体のためになる」「みんなが我慢しているのだから、お前もみんなのために我慢しろ」・・・みんな、全体という言葉でよってたかって「思考を封じ」たのが、太平洋戦争だったのではないでしょうか。

 

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表現の自由」には、実は前提があると考えます。それは、「相手への敬意」です。「あなたはこう言ったが、僕はこう考える」という言葉に続き、(それに対してどう考えますか?)という無言の問いかけがあってーーつまり、議論してより良い結論を導こうという意思が底流にあって、初めて「表現の自由」は本当のものになると考えるのです。

 

相手の反抗を前提として、自分の意見も表明する「表現の自由」は、行使する人に色々なものを求めます。相手への敬意。自身の寛容。品位。高潔。相手が持つ自由との衝突。民主主義政体の構造理解。

 

 

いろいろ難しくて、自分もできているか自信がありません。というか、できていないと思います。けれど、自分が振りかざしているものが何か、わかろうとはしたいものですね。

 

 

 

本日も当ブログにお越しいただきありがとうございます。

なんか言いたい放題してしまったかも。

 

 

 

 

【内田洋子さん 新刊】

 

イタリア在住でエッセイスト・ジャーナリストの内田洋子さんの新刊がこの8月に出ていたのでAmazonで即ポチ。内田洋子さんは文章のセンスがとてもいいんですよ。

この夏 最後の購入。

 

 

本当はKindleで買いたいんですけど、著作は一冊も電子書籍になっていなくて、場所は取りますが紙で購入。

 

 

 

 

本日も当ブログにお越しいただきありがとうございます。

今年は冷夏だった分、逆に残暑が厳しくなるような気がしています。

 

 

 

【ご参考】小学館 Kindle本 50%還元セール

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良書がたくさんお安くなっています。

良い機会ですので逃さずにどうぞ。

 

 

 

 下町企業が大企業に技術で立ち向かうドラマにもなった感動小説。

 

プロゲーマー梅原氏のストイックな自己研鑽が書かれているベストセラー。

夜は短し歩けよ乙女」の森見登美彦さんの小説。森見節健在。

投資の本ではなく、杉浦太蔵さんの人間力というか生きるちからが書かれている本。生きることに行き詰まりを感じている人へ。

直木賞作家になった佐藤正午さんの小説。文体が独特に香る。読んだことがないので購入。

 

ノンフィクションの大家、佐野眞一氏による孫正義伝。ポチッとするだけで凄まじい人生を垣間見ることができます。

 

 

 

 

 

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