この世はしょせん夢芝居

考えたこと、趣味の読書のことをメインに書いています。いわゆるチラ裏です。

人生のリソース

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人は生きているだけで様々なものを消費する。現代人が生きて活動する上で、最低限欠かせないリソースがある。時間とお金と体力(気力)だ。

 

まず体力(気力)。何事も体が資本だ、というけれども、まず健康でなければ自由に動き回れない。体力(気力)が人より多ければ、より多く活動ができる。当たり前のことだけれど、忘れがちなことでもある。だから体力を鍛えていれば、その分人生を有意義に使えることになる。

 

次にお金。自給自足が基本の中世の時代ならいざ知らず、現代社会に生きる以上は、どんな山奥に行ってもお金から完全に逃れることは難しい。あれば何でもできるということもないけれど、最低限必要なもののひとつであるのは間違いないだろう。

 

そして最後に時間。ここでは自由になる時間、という意味だ。当たり前だが、バリバリに働いて高収入を得ても、自由時間がなければそのお金を使う暇もない。時間がなければ自分の好きなことはできないのである。

 

ところで、この3つのリソースは、年代別に価値が異なる。

 

例えば若ければ体力と時間は有り余っているが、お金は少ない。逆に社会に出て働くようになれば、お金が増え、相対的に体力と時間が減ることになる。

 

例をあげよう。JRの青春18切符というものがある。ちょっとした金額を払えば、鈍行列車乗り放題というサービスだ。

 

これはお金のない若者向けのものだけれど、少し見方を変えてみれば、切符代を安くする代わりに、その対価として、顧客となる若者は自身の時間と体力を支払っていると言える。

 

忙しいビジネスマンは時間のかかる鈍行列車なんて乗っていられない。高齢者は、鈍行に長い時間乗り続ける体力がない。だから、青春18切符は若者向けのサービスだというのだ。逆にビジネスマンが買う青春18切符は、とても贅沢だ。貴重な時間を惜しげもなくつぎ込むことになるのだから。

 

逆に新幹線は、金額が高い。けれど、東京ー大阪間を2時間ちょっとで駆け抜けるし、体への負担は少なくなる。見方を変えれば、新幹線のチケットを買うことは、時間と体力を、お金で買っていると言える。高齢者が新幹線に乗るのは贅沢でもなんでもなく、手持ちのリソースから導かれる、自然の選択なのだ。

 

現代人は一般に、若い頃、特に働き始める前までは、お金が一番貴重なリソースだ。逆に体力と時間は余るほどある。だからお金を得るため、節約するために、時間や体力と引き換えに、色々な工夫をする。引越し屋でバイトしたり、タクシーで行くような距離を延々と歩いたり。身に覚えがあるんじゃないかと思う。

 

社会に出て働き始めれば、一番貴重なリソースになるのは時間だろう。平日は仕事、下手をすれば週末も仕事。自由になる時間が全然ない。だから時間をお金で買うようになる。貴重な自由時間を移動だけで終わらせたくないというのは、誰でも思うことだろう。

 

そして、定年退職の時期を迎え、体の衰えを感じるようになれば、一番貴重なリソースは体力になるだろう。体力を保つために、お金を使ったり時間を使ったりする。病院通いを思い浮かべればわかりやすいだろう。

 

このように、人生のステージで、重要になるリソースが変わってくる。それぞれのリソースの価値が変動すると言い換えてもいい。もちろん人により例外はあるが、それなりに蓋然性がある話だと考えている。

 

大事なことは、自分の人生ステージと個別状況を重ね合わせてみて、自分のリソースを最適に割振れているか、確認することだろう。

 

社会に出て10年目を迎えるのに、いつまでも若い時のままのリソース配分では効率が悪いだろう。また、定年退職したのに働いていた現役時代と同じリソース配分であれば、人生はどこかちぐはぐな印象が出てきてしまうだろう。タクシードライバーのギアチェンジのように滑らかに、人生のリソース配分が出来ていれば格好いい。

 

自分の身を振り返って考えてみると、お金で時間を買う、体力を買うという考え方が身につくのが遅かった気がする。その分、人生を無駄にしているんだろう。もったいなかったとと思う。読者諸賢は人生のリソース配分を間違えないようにしてもらえればと願う。