この世は所詮 夢芝居

日々学んだこと・考えたことを、エッセイとしてまとめています。目指しているのは「ゆるふわなチラ裏」。考え&書き続けたい。

日常からの距離

 

旅に出たくなるときがあります。

 

普段仕事をしているとき。

家に帰ってきてワイシャツのボタンを緩めるとき。

なんかやたらと天気が良かったとき。

人生やってられないことばかりだと思うとき。

 

 

でも旅に出て何かしたいのかと言われれば、そうじゃないときの方が多いような気がしています。まず「旅に出たい、どっかに行きたい」という気持ちがあって、そのあとでたとえば京都でお寺を見るとか、伊豆で温泉に入るとか、欧州に行って珍しい体験をするとかのプランがついてくる、そんな気がしています。

 

つまりは、「今いる場所から離れたいという気持ち」が先で、「旅先でしたいこと」は後からやってくるってことです。

 

なんだか「逃げ」みたな感じですが、思い返してみると結構あります。確かに「逃げ、避難」みたいな要素もあるんですけど、いつもと同じことを繰り返す「飽き」から離れたいという思いもある気がします。

 

京都大学ニートのphaさんは、旅先に行っても、たとえば離島なんかに行っても、行動が普段とあまり変わらないそうです。

 

離島に行ってもスキューバダイビングや観光をするでもなく、ただ散歩して読書して宿でごろっとして近所のスーパーで自分で料理して飯を食べて寝る、それで一日が終わってしまう。それなら家にいても同じことのような気がしますが、けれどphaさんは旅に出たい。その理由を簡潔にまとめています。

 

 

多分、僕が旅に求めているのは珍しい経験や素晴らしい体験ではなく、単なる日常からの距離だけなのだ。

                    ーーひきこもらない (幻冬舎)

 

 

 これ、すごく共感できたんですよね。

 

日々を生きていて、日常生活が完全に習慣づいていて同じじゃないと気持が悪いというようなひと(たとえば昼食には毎食ベーコンサンドを食べるような)もいますけれど、逆に、同じことの繰り返しだと飽きてしまう、それもひどく深い飽きがやってきて、自分ではコントロール不能なところまで飽きてしまうひともいるんです。というか自分がそうなんですけど。 

 

どうしてもね、自分でももうちょっと堪え性が欲しいなと思うんですけれど、飽きちゃうんですよ。

 

そういうときに旅はすごくいい。旅に出ると、それもできるだけ遠くへ行くと、飽きがリセットされます。リセットすると、まあまたやるか、みたいな気持ちで日常に帰っていけるんですよね。

 

パソコンにも定期的にメモリを解放してあげると良いですけれど、人間も同じようなものなのかもですね。

 

 

 

 

本日も当ブログにお越しいただきありがとうございます。

とりあえず、サウナと直島に行ってみたい今です。