この世は所詮 夢芝居

読んだ小説。ビジネス本。エッセイ。海外旅行。食べ物とか日常とか。そんな感じ。ゆるふわなチラ裏。

反目しあっているけれど、実はそれで釣り合っている

 

他人の不幸に寄り添わずにはいられないタイプの人、いますよね。良い人すぎて、幸せになるのに罪悪感を感じるというような方。どうしてこんなことを言い出しているのかといえば、ちょうどそんな小説を読んだばかりというだけなんですけれど。

 

理性的に言えば、不幸になった人と一緒に不幸になっても、被害者が増えるだけで、社会トータルではプラスは無いわけです。-1+-1= 社会トータルでは -2 みたいな数式でしょうか。何もしなければ -1+ 0= で社会トータルでは -1。いやむしろ、自分がより幸せになれば -1 + 1= で社会トータルとしては0。少しマシかも知れません。

 

けれど人間の心というのはそんなに簡単なものでもなく、トータルが大きいからといって、単純にそれを良しとするものでもないですよね。なにより、不幸な人に寄り添うことで不幸を消せなくとも痛む心を緩和することができる。癒やすことができる。例えば肉親を失った人に寄り添ってあげることが無意味だという人はいないでしょう。

 

だから不幸な人に寄り添う人は必要なんです。だからといって皆が皆、寄り添っていたら社会が回らなくなる。合理性を重視して、不幸な人を冷たく突き放す人も居るでしょう。寄り添う人と突き放す人は分かり合えないようでいてーー個人のレベルでは実際分かり合えないのだろうと思いますがーー全体からすると、バランスが取れている。ヤジロベーのように、相反する人たちがいて、いろんな考え方の人がいて、それでようやく我々の社会というものは回っているのかも知れませんね。

 

自分がある考えを持ったら、必ず反対の考えを持つ人がいる。反目しあっているけれど、実はそれで釣り合っている。自分と対称を取る誰かがいて、その誰かは間違っているように見えるけれど、空高くから鳥瞰してみると、実はそれが正しい姿だということ。そんなことを思いました。

 

 

 

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