この世は所詮 夢芝居

読んだ小説。ビジネス本。エッセイ。海外旅行。食べ物とか日常とか。そんな感じ。ゆるふわなチラ裏。

欧米の大学生たちが教養としてもっているもの

少数の正義の味方たちが、大兵力で押し寄せる大帝国の悪いヤツらをばったばったとなぎたおす・・・少年マンガの王道展開です。こんなストーリーのマンガや映画、ひとつやふたつ、皆さんの頭の中にぱっと例が浮かぶのではないでしょうか。

 

この胸熱の王道ストーリー展開は、実は歴史にいくつか底本があります。物語は根拠のない妄想から生まれるのではなく、歴史的な事実がまずあり、それを脚色しているから面白いのです。リアリティが無い物語はつまらないものですからね。

 

今回ご紹介する底本…というか出来事は、紀元前5世紀にあった「ペルシア戦役」です。塩野七生女史 <ギリシア人の物語I 民主政のはじまり から内容を紹介します。中学高校の世界史のおさらいプラスアルファの内容です。紀元前5世紀、日本でいうと弥生時代の中頃ですが、当時今で言うイランからトルコ、エジプトまでを領有していた大帝国、アケメネス朝ペルシア。この帝国が、都市国家群に過ぎなかったギリシアに兵を向けました。

 

ペルシア戦役は、第一次と第二次に別れています。第一次は、当時勢力拡大を続けていた大帝国のペルシアが、とりあえずという感じで派遣してきた遠征軍を、ギリシア連合ーー強硬派と恭順派が入り乱れて上へ下への大騒ぎをしながらも軍を繰り出したーーが、会戦でペルシア遠征軍に勝利し決着します。第一次ではペルシアもギリシアをそう重要視していなかったので、派遣されてきた兵力は質も量もほどほどで、ペルシアとギリシアでさほどの戦力差はありませんでした。ちなみに、この会戦がスポーツ史に名高いマラトンの会戦です。ギリシア中の耳目を集めた戦争の結果をいちはやく伝えようと使者が長距離を駈け通して、ギリシア連合の勝利を伝えたわけですね。マラソンの起源となっている出来事です。

 

そして、雪辱に燃えるペルシアが、代替わりした若い王が自ら乗り込んで来たのが第二次ペルシア戦役、本記事のクライマックスです。ペルシア側は、資料により180万人とも言われますが、上述の塩野七生女史の本では、様々な兵站資料などから20万人の説を採用しています。迎え撃つギリシア連合は、各都市からかきあつめて2万人程度。2万人対20万人の戦いです。

 

二次戦役では、10倍の敵に攻め入られてしまったギリシア。同胞都市国家スパルタ300名が玉砕してペルシア軍20万を足止めするという劇的な出来事もありますが、史上初となる大海戦を制し、圧倒的劣勢にあったギリシア人たちが見事勝利を収めます。この戦役ではテミストクレスという極めて先見性に富んだアテネ人が、政治に軍事に大車輪し、ペルシアの大軍を追い返すことに大きく貢献しました。(ちなみにこのテミストクレスは奇妙な運命を持った人物で、政治的・実際的冒険の果てにペルシア国のある地方の太守で生涯を終えることになりますが、興味のある諸氏は塩野七生女史の本を実際に読まれると良いと思います。)
 

 

さて、こういう歴史は、西洋文明の中では必須の教養として受け継がれてきています。当時のアテネ人のヘロドトスが書いた、ペルシア戦役の一級的な資料である「歴史」は、世界的な普遍性を持つ古典ですし、大学の教養書として受け継がれています。

 

 

ところで、佐々木紀彦さんの書いた<日本3.0 2020年の人生戦略>で、ハーバード大学を一例に引いて、欧米の大学の教養学科の要求レベルの高さ、ひいては欧米エリートの教養力を語ってくれています。

 

ハーバード大学の教養強化プログラムにおける教養の位置づけを説き)

その主たるメッセージは、「クリティカルに考えることを学び、倫理的に行動することを学び、エンゲージすることを学ぶ。

 

カタカナが多くてわかりにくいのですが、僕が理解した範囲で言い換えれば、教養を学ぶ意義とはーー「物事の勘どころを抑える思考法を学び、倫理的に正しく行動することを学び、社会現場で実践し、その行動を習慣づけることを学ぶ」ーーというところでしょうか。

 

そして、次の4つを一般教養の目的としてあげています。
①市民として社会に参画する準備をさせる。
②伝統的な芸術、思想、価値と、現代を生きる自分とのつながりを理解させる。
③変化に対して批判的かつ建設的に対応できる準備をさせる。
④自らの言動を倫理的な側面から理解するための力を育む。

 

今回のペルシア戦役、歴史の話は、②の伝統的な云々の話です。ペルシア戦役を描いたヘロドトスの古典「歴史」もカリキュラムの教科書に入れられているみたいです。そして、文献からの学びを通して、どんなことを求められているのか。それを説明したのが下の引用です。欧米の大学生たちは、きちんと勉強していて偉いなあ。

 

学生たちは、文化的な対立において、何が問題になるのかを理解しなければならない。たとえば、自国や他国の芸術、宗教、思想の歴史を学ぶことによって、どのように各文化のアイデンティティが形成されたかを知り、自らの伝統を他の伝統との関連の中で捉えることができるようになる。

 

誤解をおそれずに平たく言ってしまえば、ご先祖様がやってきたことと、自分現在の自分とをつなげる作業が、歴史を知るという作業です。ついでにお隣さんのご先祖がやってきたことと比較することで、お隣さんと自分たちの違いというものを理解することにつながるということです。

 

誤解の無いように、僕の考えを補足しておきます。「違いを知る」、「アイデンティティを知る」というのは、他の文化の人たちと切り離して区別するという意味では決してありません。ただお互いを理解するための前提として、お互いの距離感を知っておかなければならない、ということです。その距離を縮めるのか、それとも離してしまうのかは各人の判断と思想に委ねられているのだと考えます。しかし、どう行動するにせよ、まずは、他の文化それぞれの距離感を正確に理解しておかなければならない。そのために伝統=歴史とそれぞれの違いを学ぶのだということです。

 

 

それでは、話を戻してみましょう。先述のペルシア戦役を教養課程で詳しく学ぶ西欧の大学生は、この出来事を通して何を学ぶのか。少数の味方で、大兵力で押し寄せる大帝国のヤツらをなぎたおす王道展開に燃える…だけではないと思います。実際のところはカリキュラムを履修してみなければわかりませんが、塩野七生女史の、ペルシア戦役の章の結びの一節を、ひとつの答えにできそうな気がしています。

 

しかし、第一次・第二次とつづいたペルシア戦役の中でも特に第二次の二年間は、これ以降のギリシア人の進む方向を、明確に住めすことにも役立ったのではないか。言い換えれば、指針を与えた、ということである。・・・中略・・・この創造が的を突いているとすれば、今につづくヨーロッパは、東方とのちがいがはっきりと示されたという意味で、ペルシア戦役、それも第二次の二年間、を機に生まれた、と言えるのではないかと思う。
 勝負派、「量」ではなく、「活用」で決まると示したことによって。

ギリシア人の物語I 民主政のはじまり

 

戦いは量だけでは決まらない。あるいは、量では圧倒的に不利であっても、やり方さえ正しければ、勝つチャンスはあるーー。そういう精神性がヨーロッパの文化では脈々と受け継がれてきたと確信できる。なぜなら、昔の知識人も、今の大学生も、同じテクストを読んでいるわけだから。……そんなことを、欧米の大学生は歴史のテキストを通して学んでいるのかも。

 

現代に生きる人も過去のご先祖も、同じテキストを通して歴史を学ぶというのは、文化的土壌となる精神性や伝統を受け継いでいくのに、もっとも効果的な手段なのかも知れません。そして、その作業こそが伝統を作っているのかも……。いえ、きっと、そうなのだと思います。