この世はしょせん夢芝居

考えたことをエッセイに書いてます。本の紹介もしています。目指しているのは「ゆるふわなチラ裏」。

共犯者な家族

さる作家さんのエッセイで読んだのですけれど、イタリアでは恋人となる理想の女性像は、「共犯者」のような人。だそうです。

 

お人形のように可愛いだけの女の子では物足りないらしく、知的な会話ができて、ときに一緒にバカをやってくれる大人の女性、そしてスタイルはボンキュボンでああつまりは峰不二子ね、イタリア男の理想は峰不二子。ということです。

 

どれほど熱烈な恋人同士でも生身の人間ですから、長いこと一緒にいれば楽しいも苦しいのっぴきならないこともいろいろとあるでしょう。きれいも汚いも、清濁併せてウインクひとつも添えて呑み込んでくれるひとがパートナーだったら、それは心強いですよね。だから「共犯者」という言葉が当てはまる。密事は絆を深めるといいますし、共犯関係の男女というのはなんとなくエロティックでもありますね。

 

さて、共犯関係が絆を深めるというのは、何も恋人たちに限ったことではなく、どんな人間関係にも適用できる話だと思います。家庭崩壊で生きにくさに苦しむ人が多いといいますけれど、家族にも共犯関係を当てはめれば絆を深められるのでしょうか。

 

そんな思考実験をしてくれた小説があります。

 

at Home (角川文庫)(本多孝好)

 

短編集なのであらすじを書くとそれだけでフルネタバレになってしまうのであれなのですが、ドロボーをやっているパパとその一家のお話です。共犯関係だから手を取り合わざるを得ないというよりも、手を取り合いたいから共犯関係を求める、みたいな、一見倒錯したようなことって、ありますよね。

 

「…(略)… どこか適当な場所を見つけてさ、またゼロから始めよう」

「ゼロからって、お前」

「何べんだって始めてやるよ。俺たちは家族だ。誰に向かっても、堂々とそう言ってやる。誰にも文句なんて言わせない」 

 

世界をキレイなものだって言いたがるひとが多いですけれど、実際はキレイも汚いもあるから俗世なんですよね。その俗世を生きていくのに、ひとつの正解なんてきっとないんでしょうね。

 

 

今日も当ブログにお越しいただきありがとうございました。

本多孝好さんの小説は読後感がすっきりしていて好きなんですよね。