この世は所詮 夢芝居

日々学んだこと・考えたことを、エッセイとしてまとめています。目指しているのは「ゆるふわなチラ裏」。考え&書き続けたい。

咲かねば散るもないけれど

寒の戻りというほどでもないのでしょうけれど、今日はなんだかとても寒い日でした。

 

聞いた話では前日よりも10度も気温が低くて、これだけでも嫌なのにしとしとと陰気な大粒の雨まで降って、陽光も届かず暗くて、枯れ林みたいに寒々しい。近所の畑に咲く黄色いアブラナはまっすぐ立ってなんだか強そうでしたけれど、逆に言えばアクセントになるのはそれぐらいで、背景はまったく水墨画みたいに枯れた濃灰色でした。

 

もしこの時期に桜が咲いていたら、きっと多くの花を散らしていたのでしょうけれど、幸か不幸か僕の住んでいるあたりは桜前線がまだやってきておらず、咲いて早々に桜が散るなんて物悲しいことはありませんでした。

 

けれど、春は気候が不安定で、”春の嵐”なんて言葉がある通り、強い風やら雨やらが吹き付けて、開いたばかりの桜の花をあっさりと散らしてしまうことがありますよね。桜も咲かねば散ることもないですけれど、そういうわけにもいきません。うまく咲いて終わるにはどうしたらいいか。自分ならどうするか。そんなことを考えてみたんですね。(我ながらのんびりとしたことだと思いますけれど。)

 

咲く時期をずらしたらどうか。でも花が開くには気温差が必要ですから、時期が遅すぎてもうまく花が開かなそうです。せっかく長い冬を超えてきたのだから大事に咲きたいと思っても、けれどどっこい相手は天気ですから、早く咲いても遅く咲いても嵐や雨に吹き散らされる危険はあるわけです。こうすれば絶対に安全なんて甘い手はない。思い浮かぶのは塩っ辛いことばかり、どうにもうまい考えが浮かばなくて、さて本家の桜はどうしているだろうと考えてみたら、これは実に簡単なことでしたね。

 

答えは、『たくさん咲けば』いいんです。ひとつの桜の木で、早い花も遅い花も咲かせてやる。そうしたら、どれかがうまくお天気のご機嫌の良い時期にあたって、長持ちするでしょう。桜は動くことができません。それでいて気候というコントロール不能なものに立ち向かわなければならない。そういうときは手数で勝負すればいいんだ、ということです。

 

人間の身に振り返ってみても、長い人生、良いときも悪いときもあります。良いばかりの天気も悪いばかりの天気も続かないように、人間も良いときばかり続かないし、悪いときばかりも続きません。良いときと悪いときが交互に波のようにやってくる。そんなうねる見えない波を乗り越えるには、たくさんの花を咲かせなければいけないんだなぁ。

 

 

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自然から学べることっていっぱいありますよね、その気になりさえすれば。